コダモンです。(@kodamon)
Yahooニュースでこんな記事を見かけました:
有名な某夫人は、記事の中で「愛はお金で買えます!」と断言しています。
ちなみに自分は、この意見にまったく賛同できません。
価値観は人それぞれ
そんな前置きはさておき、今回は「人生はお金だけが全てじゃない!」というお話です。
「人生の不平不満はお金が解決してくれる!」
「お金がある人は尊敬・信頼できる!」
そのよう意見も多い昨今の世の中。
是非最後までお付き合いください。
年収と幸福度の関係性
わたくしコダモンはしがないサラリーマンですので、冒頭の記事にあるような”億”を稼いだことはありません。
そのため、残念ながら『お金持ちの立場』からの意見はできない。
年収1億稼いでみたい…
冒頭の記事では、次のようなことが書かれていました:
(引用元:デヴィ夫人の婚活論「大好きな年収200万の男と好きでもない年収1億の男、どちらと結婚すべき?」2020年6月時点)
このような意見は、実際にお金持ちであるからこそ、そして同じように裕福なステータスの交友関係があるからこそ言えること。
当然ですが、一般的な日本人の生活環境はそれとは異なります。
(国税庁,平成30年分民間給与実態統計調査結果について,2020年6月時点)
この数字は『民間給与』の全国統計なので、日本のサラリーマンやOLの平均年収がおよそ441万円という事になります。
そのため、一般的に見れば”億”どころか年収1千万円ですら高収入と言えるでしょう。
部長クラスの給料
そのため、冒頭の記事でお金持ちと定義されている『年収1億を稼ぐ男』は、世間一般からすれば浮世離れした人。
『年収1億を稼ぐ男』は、そうそう身近にいるものではありません。
全就労者の1%以下らしい
ここで『年収1千万円』や『年収1億円』という数字を取り上げているのには、もちろん理由があります。
アメリカのパデュー大学による、次のような研究結果があるのです:
研究の結果、人生を振り返った時に「満足のいく人生だった」と評価できる理想的な年収は9万5000ドル。人間の感情的な幸福を満たす年収は6万〜7万5000ドルとなった。
(出典: Pardue University, “Money can buy happiness. Here’s how much it takes”,コダモン訳,2020年6月時点)
この調査は、アメリカのギャラップ社という世論調査及びコンサルティングを行う企業の164ヵ国170万人以上を対象にしたサンプルデータを元に実施されています。
有名な研究結果
日本円にして年収およそ1千万円が『お金で得られる幸福度』の上限という研究結果なのです。
そして、それ以上はいくら稼いでも人生の幸福度や満足度は上がらないらしい。
要するに、年収1億円の人は1千万円の人よりも幸福ではないのです。
お金は稼げば稼ぐほど良いわけではなく、お金に比例して上がる幸福度には上限がある。
むしろ、お金持ちならではの悩み事もあります。高い生活水準を下げられない、お金を失う恐怖などがあるかもしれません。
大変な事も多そう
そのようなトータルの結果としてはじき出された理想的な年収が、およそ1千万。
『年収1億円の男』イコール『幸せな男』とは限らない、という事です。
お金が人生にもたらす意味
「お金は生活を満たしてくれる」
そのような意見もありますが、果たして本当にそうでしょうか?
確かに、お金があれば物質的な欲求はエンドレスで満たされるでしょう。
高級外車が買えるだろうし、都内の一等地にある高層マンションの最上階にも住めるかもしれない。
人気ブランドバッグだっていくつも買えるし、子供の教育費にも困らない。
お金がたくさんあれば、安心感も生まれるでしょう。
値段のつくものは何でも買える
しかし、先ほどの研究結果が示すように、これらは必ずしも人の幸福度につながるとは限りません。
極論を言えば、高級外車だろうが高級マンションだろうが『車に乗っている』『家に住んでいる』という意味ではお金をかけていない場合と同じです。人それぞれ価値観は異なりますが、自己満足の域を出ないケースがほとんど。大切なのは、それらを『誰』と『どのように』過ごすか? です。
お金が人生にもたらす幸福には限界があります。
1番大切なのは、そのような時間・空間を誰と共有するかという事です。
例えば、高級外車は乗り心地は良いかもしれないけれど『移動手段』という観点から見れば国産の中古車でも同じ。
運転性能やインテリアの質などの違いは確かにありますが、それらはあくまで自己満足のレベルなのです。
ステータスを欲する人は多い
要するに、車という『モノ』よりも、その車で何をしたいか・誰を幸せにするかが大切なのです。
たかが車、されど車。家族のために念願のファミリーカーを買う人もいれば、頑張った自分へのご褒美に奮発して車を買う人もいるでしょう。
世間体や社会的地位、ステータスが気になる人はいくらでもお金をかければ良いと思います。ステータスの持ち主を「ステキ!」と魅力を感じる人も、おおいに結構。
ただ、それが果たして幸せにつながるかどうか?はまったく別の話です。
「お金で愛は買える!」「お金で幸せは買える!」そのように言う人は、お相手のお金が尽きた瞬間に愛情や尊敬の念もスッ…と消え失せてしまうかもしれません。
自分はそのような上っ面だけの信頼関係でパートナーを選ぶのはイヤです。
お金がたくさんあれば、ある程度の安心は買えるし物欲も満たされる。
けれど…。
結局『それだけ』なのです。
収入が上がったら激務でボロボロ?
話を会社員に移します。
出世や転職で年収増を目指すのがサラリーマンの本懐(ほんかい)です。
一昔前の日本の会社では、終身雇用の制度と年功序列の組織において勤続年数を重ねるだけで昇給・昇級ができました。
入社した会社に一生勤めて、エスカレーター式に出世して…最後に退職金をたんまりゲットする。
それが理想とされてきた
昨今もほぼ同じ状況で、終身雇用の名残があるため多くの会社員が『会社を辞めないこと』を前提に働きます。職場の人間関係や仕事がストレスでも耐え続け、昇給や出世を目指します。
自分が以前4年半ほど勤めていた大手日系企業でも、大勢の人が毎日遅くまで残業して疲弊していました。
会社に寝泊まりする人もいたし、休日に仕事をする上司もいた。
毎日が激務なので余暇の時間を作れず、家族サービスもままらない。たまの休日も仕事の電話やメールばかり気にしてリラックスできない。
まさに社畜
そんな上司たちは、みんな年収1千万円に近い人達でした。冒頭の研究結果にあった『人間の感情的な幸福を満たす年収』をクリアしていた人達です。
本来であれば、皆ある程度幸せな人生を送っていたはず。
しかし…現実はちょっと違う。
- 残業や休日出勤などの長時間労働
- 日本の職場特有の古い慣行やルール・マナー
- 先輩後輩の上下関係や職場の同調圧力
- 仕事後の飲み会や社内の付き合い
- 取れない有給休暇
日本の会社で働いていると、これらの事が見事にズッシリとのしかかります。
給料は良いかもしれないけれど、それ以上に多くの会社員が疲弊している現実。
高い年収を稼ぐ人はストレスまみれで働いているケースが多いのです。
人生を楽しむ余裕がない?
「年収1千万で大手商社勤務!」そのように言えば聞こえは良いけれど、休み無く働いていたら私生活を充実させる余裕もない。
趣味の時間も、家族との時間も作れない。心にゆとりが作れない人もいるでしょう。
ワークライフバランスが無いという会社員は大勢いるのです。
年収よりも大切なのは『人と人とのつながり』
長々と書きましたが、結論として。
年収が200万円でも、 400万円でも、1千万円でも、1億円でも:
幸せな人は幸せです。
その理由は単純で、『人の心の豊かさ』や『幸福度』を左右するのはお金ではないからです。
キレイごとではなく、お金で得られる幸福感というのは有限なのです。
幸せはお金で買えない
もちろん、お金は生きていくために必要です。資本主義の世の中では年収が低い人は苦労も多いでしょう。
それでも、年収1億円の人が年収400万円の人よりも幸せとは限らない。
物質的な豊かさは幸せを保証するものではありません。
私たちが幸せに感じるかどうかは、私たち自身の気持ちと『人と人との関係』によって決まります。
ワークライフバランスのない働き方をして年収1千万円を稼いだところで、人生を楽しむための余暇が取れず、大切な家族と食事をする時間すら確保できない人。それは果たして幸せなのでしょうか。
家族を養うために身を粉にして働くサラリーマンの頑張りは尊敬に値します。けれど、家族が1番望むものはお金ではなく家族同士のつながりなのではないでしょうか?
- 何よりも大切な家族
- 人生の喜怒哀楽を共有できる友人
- 日々の生活を充実させる遊び・学び・趣味
幸せというのは、それら人生の本当に大切なものにこそあります。
「人生の不平不満はお金が解決してくる!」と言う意見は、必ずしも間違ってはいない。
けれど、お金で『不安』や『リスク』を減らすことはできても、幸せは買えない。
忙しい毎日でもふと足を止めて、あなたが思う幸せについて考えてみてください。
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