このブログを書くキッカケになったお話。全10話のシリーズ記事です。
海外経験豊かなハーフがゴリゴリの日系企業に就職してみた。
第8話です!
第1話はコチラ:
ドイツ駐在が決まった! けれど…
予想だにしていなかったタイミングで、ドイツ駐在が決まりました。
部長と課長のシノハラさんに呼び出されて説明を受けるドイツハーフ。
どうやら、あと数か月後にはドイツへ出向する話が進んでいるらしい。
マジで!?
最初は驚きの方が大きかったですが、すぐに『喜び』が勝りました。
「この苦しい状況からもうすぐ開放される!」
当時は、もうそれしか考えていなかった。
あとほんの数か月後にはドイツへ移住する事になるらしい。
よっしゃ!
思わずガッツポーズ。
しかし…。
机をはさんで座っていた部長さんとシノハラさんは、浮かない顔をしていました。
ドイツハーフは『一人前の会社員』なのか?
会議室で3者面談でもしているかのような雰囲気の中、ドイツ駐在を告げられたコダモン。
しかし、上司達はお世辞にも喜んでいるようには見えない。
…不安
営業部の一員として、特にシノハラさんはこれまで親身になって自分の面倒を見てきてくれました。
部下のドイツハーフが『日本の取引先』の担当になって日々消耗している時も、つかず離れずの距離を保ちながらサポートをしてくれた。
慣れない営業業務に苦戦していたけれど、シノハラさんはいつもちゃんと見てくれていたのです。
有能な上司は、部下が自発的な行動・思考ができるように上手に促します。手取り足取り教えるのもダメだし、突き放し過ぎるのもダメ。部下の刻々と変化する業務遂行能力を把握しつつ、必要な時だけ適宜にサポートにまわることが大事です。
上司のシノハラさんの目からみて『些細な問題』には、彼はまったく関与する素振りを見せない。逆に、「あ、これヤバいな」と判断するといち早く反応して問題解決へと導いてくれる。
頼りになる上司
そんなベテラン営業マンのシノハラさんの目からすると…。
ドイツハーフの仕事ぶりは、まだ『一人前』では無かったのです。
そのことを、打ち合わせで淡々と諭すように語ってくれました。
ちょっとショック
ドイツ出向の話は、欧州ビジネスの進捗具合や人員補充の観点から既に決定したこと。
それでも、上司は営業部に配属となってまだ1年ちょっとの『ひよっこ』を、駐在員として送り出す事を躊躇しているのです。
「このドイツハーフにはまだ時期尚早ではないか?」
彼らはそう思っていた。そして、部下である自分を心配してくれていた。
もちろん、自分としても思い当たるフシはあります。
そもそも、直属の上司のハトリさんに「お前は担当としての意識が足りない!」と言われたのもついこの間の出来事。(第7話参照)
日々の業務で上司のハトリさんやシノハラさんに頼ってしまうシチュエーションも…いまだにけっこうある。
まだ半人前
そのような状況の中で『やるべきこと』がまだ残っているのではないか…?それは自分も重々承知していたのです。
グローバル企業の本国から派遣される駐在員として働くには、仕事を一通り学んで覚えることも大事ですが、同時に本国社内の部署や人との『関係づくり』を事前に徹底することも重要。海外からビジネスの旗を振る役割を担うため、日本本社の要所・要人を適宜に巻き込む必要があるからです。
シノハラさん自身も過去に海外駐在を経験している。その経験からも「こいつをこのまま赴任させたら苦労する」という心配、そして親心があったのです。
それは身にしみて分かる。
けれど…。
それでもドイツに行きたい!
声にこそ出しませんでしたが、この時はそれしか考えていませんでした。
心配してくれるシノハラさんには申し訳ないけど、ストレスでボロボロになりそうな自分にはもう『2択』しか残されていないのです。
会社を辞めるか。
それとも、ドイツに赴任するか。
そして…。しっかり丁寧に「自分は準備ができています」という返事をした。
こうして、およそ2年に及んだ東京本社でのサラリーマン生活に、いったん終止符が打たれます。
ドイツ行きの準備が始まった
自分がこの日本企業に就職した目的。
「グローバルな人間になる!」という目標と、当時の求人票に書いてあった『ドイツ駐在』。それが、およそ2年越しで実現します。
ようやく
ドイツ駐在が決まった後の期間はあっという間でした。
大手企業だったこともあり、駐在員の派遣や対応には慣れたものでテンプレのような説明を受けたのを覚えています。
人事からも諸々の資料と駐在時の注意事項などの説明を受けて、必要書類を準備したり各所へ届け出をしたり。通常の業務に加えて駐在準備を進める必要があり、この時は本当に『てんやわんや』でした。
そして、大事な仕事として担当していた業務を引き継ぐ作業がありました。
つい1年ほど前に前任者から仕事を引き継いだばかりなのに…さっそく次の担当者へと引継ぎ。
…良い事ではない
そして、取引先をまわる必要があります。
業務を引継いだ当初は、右も左もわからないドイツハーフが金魚のフンみたいにくっついて、とりあえず取引先で挨拶まわりをしていた。それなのに…今は自分が後任者を引きつれて各所を訪問している。
「そういえばこの人に怒鳴られたなぁ…」「この人はクレームで大変な時に助けてくれたなぁ…」短期間だったけれど、苦い記憶や色々な事が思い出されます。
先方には、「えー!コダモンさん変わっちゃうの!?」そう言って残念がってくれる人もいた。
そうやって温かい言葉をかけてもらうと、自分なりに頑張ってみた結果があったのかな…と、なんとなく嬉しい気持ちになる。
一応頑張った
日本で営業として働いていた期間、ドイツハーフは結局最後まで『日本のサラリーマン』になりきれませんでした。
残業もたくさんしたけれど、周りの同僚や上司はみんなもっとたくさん残業していた。仕事が人生の大半を占めて、悲しいほど会社に尽くしていた人達。
…ドイツハーフは、ここでいったん離脱です。
日本企業での最終章が始まろうとしています…。
送別会でしんみり
駐在先へ事前に送る荷物をまとめたり、いらない家具は粗大ゴミに出したり。
引っ越しの準備もそこそこに、ドイツ行きはもう「すぐそこ」まで来ていました。
慣れ親しんだ営業部ともお別れです。
これまで何度も会社の送別会に参加してきたけれど、今度は自分が『送られる側』。
実感まだない
いつもは会費をしっかり徴収されていたのに、今回だけは違う。何とも変な感じがします。ささやかなプレゼントもいただいちゃったりして。
お酒も進んで、その場はとても楽しかったし雰囲気も終始和やかだった。けれど…。自分の中には寂しい気持ちがありました。
最後まで愛されキャラでいじられキャラだった、シノハラさん。時には厳しく、兄貴肌で引っ張ってくれた、ハトリさん。
『ストレスまみれの働き方』には全然共感できなかったけれど、大好きな上司たち。
彼らとはここでお別れ。
そして…おそらくこれが本当のお別れ。
それを思うと、不覚にも泣きそうでした。
男泣き
海外赴任というものは『有限』です。基本的な任期が決まっているし、仮に延長となってもそれは無限には続かない。いつか必ず本国のどこかへ『帰任』するわけです。
(厚生労働省,「転勤に関する雇用管理のポイント」の策定に 向けた研究会・報告書,04.2020)
でも…。当時のドイツハーフは日本で働く事がお腹いっぱいだった。
要するに、この時点で既に『将来日本に帰ってくる自分』が想像できなかったのです。
会社に所属しているうちは、仮に異動や配置転換があっても何らかの形で上司や同僚との接点は存在し続けるでしょう。
しかし…。自分の中では、もうこの時すでに日本のサラリーマンとしての終焉が見えていた。
マジのお別れ
その日は、会社生活で初めて3次会までハシゴして、楽しそうにしてくれていた上司たちを見て…やっぱり一抹の寂しさを覚えました。
それでも、もう自分の次のステージは用意されている。
ドイツへと旅立ちます。
2年ぶりにドイツへ「帰国」
ドイツへ降り立った後は、意外にも苦労しました。
大手企業だったため、手続きや出向準備の作業自体はサポートも多く、基本的には困ることはなかったのですが…。それは日本側だけの話だった。
ドイツの拠点へ着任してみたら、ドイツ人の人事に「○○の準備がまだ終わっていません」「聞いてません」などと、容赦なく言われた。
さすがドイツ
フタを開けてみれば、ドイツハーフの受け入れ態勢がまだ整っていなかった事が判明。
さすがに面食らってしまいましたが…これが海外。
久しぶりに経験したドイツの洗礼に、ちょっとした懐かしさすら感じました。
日本の細やかなサービス精神は海外にはありません。欧米諸国は組織よりも個人を優先させる傾向があり、それは企業内の『働き方』にも反映されます。海外勢は各々の契約書にある”JD”(Job Description=職務記述書)を超えた仕事はせず、それ以外の仕事は自然と優先順位が下がります。
現地で対応してくれる人事も別に悪気はない。けれど、これが『日本企業』だと考えるとさすがに面食らった。
さらに都合が悪い事に、いったんドイツへ来てしまったら日本のサポートが目に見えて貧弱になります。
赴任者をいったん送り出してしまったら、あとは『新しい所属先の問題』らしい。
むむむ
それでも、ドイツ語がしゃべれるので日本人のサポートをアテにせず、現地の人とコミュニケーションを取りながら問題を1つずつ解決していきました。
駐在しているのは、もちろん『日本企業』のドイツオフィス。それでも、現地の人事総務部はドイツ人。ドイツの労働基準に則って、ドイツ式に運営されています。
そう…。ただ1つ、上司だけを除いては。
駐在員の上司は日本人? 外国人?
ドイツオフィスには、コダモンの他にも日本からの駐在員が数名いました。
彼らはみんな、自分より1〜2年ほど前にドイツへ赴任してきた本社からの出向者。
全員年上だし、事業部長などの偉い人もいた。
それでも、自分が所属する『セールス&マーケティング部』に日本人はいませんでした。
所属部署はみんな外国人
ヨーロッパのマーケットが巨大なこともあり、欧州拠点の営業チームはかなり大きい。ドイツ以外の国にもオフィスがありました。
そんな営業統括の大ボスはスペイン人。欧州拠点の副社長という位置付けです。
厳密に言えば、その人の下にいた『セールスダイレクター』という肩書きの40代のドイツ人が、ドイツでの直属の上司。
上司は外国人
…のはずなのに、そこにはいつも『日本人駐在員』がいる。
日本企業なので、日本人駐在員はみんな「自分たちがビジネスをリードしている!」という自負があるようでした。
そして、そのような日本人リーダーは同調し賛同してくれるメンバーを頼りにする。結果的に日本人駐在員の『グループ』ができてしまうわけです。
グループで固まる
そのおかげで、駐在員としては新入りで1番下っ端の自分は、何かと『日本人駐在員から振られる仕事』にも直面するようになりました。
彼らは…一応自分の上司でもある。無下(むげ)にはできません。
しかし、現地での取引先に対する営業活動や日々の業務においては、欧州のセールスチームに属して『ドイツ人上司』と協働しなければいけない。
何のこっちゃ
何が正解かわからないまま、ドイツでの駐在生活がスタートします。
駐在員としての立ち回りに困惑
会社はグローバル企業で、しかも欧州ビジネスの比率が大きい。
そのドイツオフィスに『特別枠』として日本からの出向者であるコダモンが加入したわけですが…。
現地の営業チームからすれば、駐在員のドイツハーフは見た目が外国人だけど、その存在は完全に『本社から来たお客さん』。
快く受け入れてくれたけれど…実際に働くと、チームとの間に『壁』を感じます。
ちょっと複雑
ドイツにおける自分のポジションは『にわか管理職』。部下はいません。
そのため、自分の仕事はバリバリのセールス&マーケティング。拡販業務です。
現地のスタッフや外国人上司は、これまで日本人駐在員の『リーダー達』とは適当に付き合ってあしらってきた。しかし…ドイツハーフとは営業チームの一員として密に働く必要がある。
欧州のセールスチームの一員として、協働しなければいけないのです。
若い社員が入社後の早い段階で多文化社会を学び『グローバル人材』として育てるために海外赴任になるケースがありますが、現地の外国人スタッフやチームに溶け込めずに駐在自体が空振りで終わるケースはたくさんあります。日本本社で日本人相手に仕事をしていた時の働き方は通用しないのです。
直属の上司であるドイツ人からすれば、この『新入り』の出向者をどのように扱っていいかわからない。
もっとハッキリ言ってしまえば、日本から来た得体の知れない若造は「信用できない」と思われている。本国とのつながりが強い『スパイ』のような奴かもしれないし、「どうせこいつも2〜3年で日本へ戻るんでしょ?」というスタンス。
本国からの駐在員だからこそ、逆に警戒されているのです。
どこまで情報共有するか…とか
そのような状況の中でも、こちらとしては自分の存在意義を示すためにセールスチームにうまく溶け込む必要がある。
いつまでも駐在先で『本社からのお客さん扱い』されていては、まったく効率は上がらないし仕事にならない。
そして同時に…。
日本本社のお偉いさんは、コダモンのバイリンガル能力に期待して『本社の仕組みを理解した営業マン』としての活躍を求めている。
これの両立が大変
色々な組織や『上司の意図』との間で板挟みになりながら、とりあえず働いてみた。
海外でも『日本式』を忠実に守る日本人駐在員
ドイツで働き始めると、さっそく色々なことが目につきました。
まず、駐在先のドイツオフィスには、自分が大学時代にも慣れ親しんだ海外特有のフラットな上下関係がありました。
社内では相手が目上の偉い人であっても親しくなれば敬語を使わなくなるし、お互いに下の名前で呼び合うこともある。スペイン人の営業組織のトップとも、名前で呼び合う仲でした。
とてもフランク
そして、オフィススタッフの服装もとってもカジュアル。ジーパンにポロシャツで出勤する人もいます。
そんな現地の自由な社風とは対照的に、日本人駐在員はみんな律義にスーツ姿。
ドイツ駐在員として、ドイツで働いている日本人はドイツという異国の地でも『日本式』をしっかり実践していました。
海外駐在員は、日本本社の経営陣に代わって赴任地の事業運営に携わる使命を負っていますが、その『働き方』は日本式になりがち。自分が異国の地にいる自覚がなく、日本で積み上げた知識・経験をそのまま実行すればいいと勘違いする人は多いです。その国の文化や風習を無視して現地人に総スカンをくらうケースもあります。
そして…実際に働いていると、日本人駐在員はなんとなく周りの外国人から敬遠されているように見える。
壁がある
外国にいるのに、日本企業という小さな世界の中で結束する日本人駐在員たち。
赴任してまだ数日だけれど、現地の人間との違いは明確でした。
- 遅くまで残業をしているのは日本人だけ
- 延々とムダ会議をしているのは日本人だけ
- 休日にメールを書くのも日本人だけ
本社にいた頃と同じ、ストレスまみれで働くそのままの光景がドイツの駐在員にはありました。
あかん
駐在員が激務になりがちなのは有名な話であり、その苦労は実際に赴任した人にしかわからないと言われます。
役職が上がるほど『責任』が大きくなり、本国へ報告などの対応に追われる事も多々ある。とにかく忙しいのが駐在員です。
そして…。
赴任したばかりの自分に対して、現地のドイツ人は:
「まだ引っ越しで大変だろ? 仕事なんてゆっくりはじめたらいいよ!」
そのように言ってくれる。
しかし、日本人駐在員は:
「例の件、今日の午後時間あったらさっそく打ち合わせさせれくれ」
そのように、こちらの都合には興味がなく容赦がない。
もちろん、仕事をするために赴任してきたから当然なのだけれど、彼らの言動からは『心の余裕のなさ』がひしひしと伝わって来る。
忙しくしてる
本社から出向して来た日本人の働き方が…どうも怪しい。そして…嫌な予感はどんどん的中します。
オフィスの駐在員の日本人で一番上の人が帰らないと、他の日本人がなかなか帰ろうとしない。
自分とは関係ない会議にも「コダモン、ちょっと」などと言われて、問答無用で参加させようとする人もいる。日本で何度も経験したムダ会議への参加です。
これは…ヤバい
日本式をしっかり守りながら、異国の地で『日本人としての働き方』を実践している駐在員たち。
その姿勢は立派で『会社が望む形』なのかもしれないけれど、現地のドイツ人からはなかなか理解されない。
東京の本社でたくさん経験した『ストレス大国ニッポン』のサラリーマンの働き方…。ドイツオフィスの日本人上司は、それをちゃんと踏襲(とうしゅう)していました。
日本と同じ…
ドイツへの赴任が決まって浮かれていた気持ちは、簡単にへし折られました。
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